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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1492号 判決 1961年7月05日

控訴人(原告) 日本殖産金庫社長こと下ノ村勗破産管財人 高野弦雄 外三名

被控訴人(被告) 国

訴訟代理人 田中勝次郎 外二名

主文

本件控訴並びに予備的請求を棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。日本橋税務署長が下ノ村勗に対してなした、(一)昭和二八年一二月一七日附の同年一〇月分源泉徴収所得税として金一一、六三二、七一一円を徴収する旨の決定、(二)同二九年二月一〇日付の同二八年八月分及び九月分源泉徴収所得税の加算税として金一、四二四、八〇〇円を徴収する旨の決定、(三)同二九年七月九日付の同二八年一〇月分源泉徴収所得税として金九〇、一四八円、同月分同税加算として金二二、五〇〇円及び金二、三五三、〇〇〇円、同年一二月分源泉徴収所得税として金四、四八六、七六一円、同月分同税加算税として金一、一二一、五〇〇円をそれぞれ徴収する旨の決定による金銭の納付義務が控訴人等に存在しないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに予備的請求の趣旨として、「日本橋税務署長が下ノ村勗に対してなした前記各決定による債権は、破産法第四六条第四号に該当する劣後的破産債権であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決並びに予備的請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠は、次に記載するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人等の主張)

第一、

一、本件各決定は、日本橋税務署長が所得税法第四二条第三項、第四三条によるものとしてなした決定であるが、右第三項にいわゆる「匿名組合契約等」とは、少くとも契約当事者の一方甲が相手方乙の事業のために出資し、乙がその事業より生ずる利益を甲に分配すべきことを定めた契約であることを要することは、同法第一条第二項および所得税法施行規則第一条第二項に徴して疑のないところである。而して、消費寄託契約と匿名組合契約の観念上の区別は民法第六六六条第五八七条乃至第五九二条及び商法第五三五条乃至第五四二条の規定上極めて明白であるにもかかわらず、原審が本件契約の具体的内容を審理判断することなく、漫然消費寄託と匿名組合の両契約は判然と区別のできる異種類のものではなく、かえつて同種類の契約の類型に属し、そのいずれであるかは外観上誰れでも誤りなく認識判断できるものとはいい難く、従つて日本橋税務署長が消費寄託による利息の支払を匿名組合契約等による利益の分配であると誤認しても、本件処分を無効ならしめるような外観上明白な、かしが存する場合にはあたらないと判示したのは、右両種契約の観念区別の問題と具体的の事実識別の問題とを混同したものであつて、原審には当然なすべき審理判断を遺脱した違法がある。

二、原審は過誤納金はその後に納期の到来した税金すべてに対し当然充当されるものではなく、充当なる行為がなされて始めてその対象となつた税金納付義務が消滅するものと解した。けれども、還付加算金は日歩三銭の割合(国税徴収法第三一条の六第一項)なるに反し、源泉徴収加算税は延滞納税額に対し延滞一ケ月以内のときは百分の十、一ケ月を超え二ケ月以内のときは百分の十五、二ケ月を超え三ケ月以内のときは百分の二十、三ケ月を超えるときは百分の二十五、という高率(所得税法第五六条第四項)なるのみならず、国税徴収法第三一条の五に、「過誤納に係る国税……は之を他の未納の国税……に充当す」とあるを見れば、その充当は税務署長の充当の意思表示を待たず、自動的に行われるものと解するのが相当であつて、還付加算金の率に比し加算税の率が前述の如く莫大なるにもかかわらず、もし原判決の如く解するときは、同条が極めて不公平にして信義に反する処置を国家機関に許したこととなつて甚だ穏当を欠く。

三、仮に、以上に主張しまた従来主張した如く、本件各徴収決定が無効であるとの見解が不当であるとしても、なお次の理由に基き、控訴人等には、日本橋税務署長が破産者に対してなした昭和二九年七月九日付の徴収決定に基く源泉徴収所得税二口合計金四、五七六、九〇九円及び同税加算税三口合計金三、四九七、〇〇〇円の納付義務は存在しない。すなわち原審以来、控訴人等が繰り返し主張しているように、破産者は多数の者に消費寄託契約に基いて確定利息を支払つた事実はあるが、匿名組合契約もしくはこれに準ずる契約に基いて、利益の分配をなした事実は存しないから、本来、控訴人等には、日本橋税務署長がなした本件各徴収決定の内容をなす、源泉徴収所得税の納付義務は存在せず、誤れる本件各徴収決定に基いてはじめて右納付義務が発生したものであるから、破産宣告(昭和二九年六月一六日)後たる昭和二九年七月九日付の徴収決定に基く前記源泉徴収所得税等の国税債権は、破産宣告後の原因に基く請求権なることは明なるところ、国税徴収法または国税徴収の例により徴収することを得べき請求権の内、破産宣告後の原因に基く請求権は、破産財団に関して生じたもののみ財団債権であり(破産法第四七条第二項但書)、右国税債権は下ノ村勗の破産財団に関して生じたものではないから、右国税債権は財団債権ではなくまた破産宣告後の原因に基いて生じた請求権が破産債権にあらざることも明らかであり、結局控訴人等には右源泉徴収所得税等の納付義務は存しないこととなる。

四、控訴人等は、本件処分が憲法に違反するとする理由に、左の新しき主張を追加する。

破産者が契約者になした支払が所得税法第四二条第三項にいわゆる利益の分配に該当するものと仮定しても、破産者(支払者)がその百分の二十に相当する所得税を徴収して政府に納付する義務は支払者に対する課税ではないが、この義務の履行には相当の手数と費用殊に人件費を要するにかかわらず、なんらの補償(手数料)がないのであるから、国が支払者に無補償でこの義務を課し、延滞の場合には延滞加算税をも課し、滞納税金と共に強制徴収し得るものとしたのは、まさに支払者の財産権を侵すものであつて、憲法第二九条第一項第三項に違背し、その徴収のための本件各決定は同法第九八条第一項により当然無効のものといわざるを得ない。そして租税徴収権確保の公共性に鑑み支払者に如上の義務を賦課することが必要であつても、無補償で賦課するのが違憲で無効なることは、一般に公共の利益のため私人の財産を強制収用する必要ある場合においても、もし無補償で収用するのであるならばそれが違憲で当然無効であるのと同じである。

第二、予備的請求の原因、

一、所得税法第四三条第一項は制裁的規定である。

本件各徴収決定は、破産者下ノ村勗が利益の支払をなす際、所得税法第四二条第三項の定むる所得税の源泉徴収義務を履行しないものとして同法第四三条第一項(以下本条項という)により右未納税金額を国税徴収の例により徴収しかつ第五六条第四項により源泉徴収加算税を徴収せんとするものである。

しかし、支払者には納税義務はないのであるから、この者に金銭上の負担を国の一方的権力により課するのは、義務不履行者に懲罰を加えんとする制裁の目的に因るものと解釈しなければならない。果してそうならば、本条項による徴収処分は行政罰を科する性質のものと思う。なお同法には第六九条の三に行政罰の規定があるので、本条項が重ねて行政罰を規定しているかについては一応の疑いがある。しかし両条は、罰の種類、程度を異にし、科罰手続についても本条項には簡易な特例を定めているから、両条はなお併存の理由もあるものと思われる。

二、制裁金は破産法の法意から考え劣後的破産債権に当る。

破産法第四六条第四号に掲げた罰金、追徴金、過料等を劣後的破産債権とした趣旨は、これらは制裁の目的で科せられるのであるから、違反者である破産者本人に苦痛を感じさせなければ無意味なのに、普通破産債権と同列またはこれに優先して取立てるときは、他の破産債権者の負担になつて、破産者に苦痛を与える本来の目的に副わないからである。

而して右第四号に掲げられる債権の範囲は結局、国の強権力により科する制裁金を一括しているものとみられるから、本件徴収金が制裁金の性質を有するものなる以上、同号に該当の劣後的破産債権とみるべきであるし、またかく解することが破産法同条規定の法意に合致するものと思う。

三、本件確認の訴の利益

被控訴人の機関である東京国税局長は、昭和二九年九月一七日控訴人に対し、本件徴収決定による金員の交付要求をするとともに、破産財団に対し滞納処分を続行している。一面控訴人等の担当する破産管財手続も終結に近付いているので、本件訴につき却時に権利確認を求める利益があるものである。

(被控訴人の主張)

一、控訴人は、いろいろの点を挙げて本件処分は無効であると主張しているが、かりに、本件処分が控訴人が主張するような違法の処分であるとしても、これを無効ならしむるほどの重大且外観上明白なかしある処分ではないから、控訴人の主張は理由がない。

二、控訴人等の予備的請求に対する反駁

所得税法第四三条第一項の規定によつて徴収される金銭は、罰金ではなく、源泉徴収義務者が法律によつて課せられた源泉徴収義務を履行しなかつたために生ずる納税の不履行を本来の納税義務者(すなわち支払をうける者)に代つて納税せしめ、これによつて徴収上の不都合を是正せしむる趣旨のもとに規定されたものであつて、要するに源泉徴収義務者が、その法律上の義務を怠つたことによつて生ずる徴収、納付の不履行を、責任者である源泉徴収義務者をして本来の納税義務者に代つて納付せしむる趣旨のもとにできた制度であつて罰金の性質を有するものではない。源泉徴収加算税についてもこれが罰金でないことは勿論である。また本件源泉徴収所得税及び源泉徴収加算税はいずれも破産者の破産宣告前の原因に基くものであるから、すべて財団債権である。

(当審における新らしき証拠)<省略>

理由

一、日本殖産金庫社長こと下ノ村勗が昭和二九年六月一六日午前十時東京地方裁判所において破産の宣告を受け、同時に控訴人等がその破産管財人に選任せられ、右決定は同年一一月一六日確定したこと、及び日本橋税務署長が右破産者に対し、破産者が匿名組合契約等に基く利益の分配をなしたとして、控訴人等主張の日にその主張のような内容の源泉徴収所得税及び同税加算税の各徴収決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二、控訴人等は、右各徴収決定は当然無効であり、かつ被控訴人はこれにより不当利得をしたものと主張し、右各徴収決定による納税義務が控訴人等に存在しないことの確認を求める本訴請求は、次の点を付加するほかは、原判決がその理由において説明しているところと同一の理由で、これを採用し得ないと判断したから、ここに原判決の理由を引用する。

(イ)  本件各徴収決定が、控訴人等において当審で新たに補充陳述するような理由によつて、かりに違法な行政処分であるとしても、その主張のような違法の理由が本件徴収決定取消の原因となり得ても、これを当然無効ならしめるほど明白な違法あるものとはいい得ないと解するを相当とし、この点に関する控訴人等の所見は当裁判所の採らないところである。

(ロ)  控訴人等は、国が支払者に対し源泉徴収の義務を課するのは、憲法第二九条に違反し、その徴収のための本件各徴収決定は憲法第九八条により当然無効であると主張するけれども、所得税法第四二条第三項、第四三条第一項において、支払者に源泉徴収義務を課しているのは、控訴人等も自ら主張するように、租税徴収権確保の公共性に鑑みその必要上からであつて、これがため支払者に或程度の財産上の負担を課する結果となるとしても、憲法第二九条に違反するものとはいい得ず、従つてまた本件徴収決定が憲法第九八条に違反する無効のものであるということはできない。

(ハ)  当審で新たに提出、援用された成立に争いのない甲第七ないし九号証、証人下ノ村勗、片上太郎、森信雄の各証言によつても、当裁判所の引用した原審の判断を動かすことはできない。

三、控訴人等の予備的請求について。

下ノ村勗の破産宣告、控訴人等の破産管財人選任の事実並びに控訴人等主張の本件各徴収決定のなされたことは、さきに認定したとおりである。

控訴人等は、右各徴収決定による租税債権は、破産法第四六条第四号に該当するいわゆる劣後的債権であるとして、その旨の確認を求める。しかしながら、その確認を求める対象たる債権の破産債権としての優先の順位は破産手続において債権調査の期日を経て定めらるべきもので、その際異議のあるときは破産法の定めるところにより債権確定の訴(破産法第二四四条)を以て確定を求むべきである。本件訴訟において債権優先の順位を定めるべき確認の利益はない。

四、以上の理由により、本件控訴並びに予備的請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田良正)

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